サッカーのワールドカップ(W杯) カタール大会が、2022年11月20日に開催されます。
そして、その日本代表メンバー26人が11月1日に発表されますね。
誰が選ばれるのか注目ですね!
ワールドカップの日本代表発表は毎大会大きな話題を呼びますが、過去最も衝撃だったのは、1998年のフランス大会のカズ(三浦知良)選手の落選だったのではないでしょうか。
この記事では、フランス大会の代表選考でカズの落選理由は何だったのか、なぜ落ちたのかを振り返ってみたいと思います。
カズ(三浦知良)のワールドカップの落選理由は?
「外れるのはカズ、三浦カズ」
1998年6月2日、フランス ワールドカップの直前の合宿地スイスで、岡田武史監督(41)が、本番の日本代表メンバーを発表しました。
この合宿地には25名の代表候補のメンバーが招集されており、この中から3名落選して、22名が本番のメンバーに選ばれる流れになっていました。
日本はこのフランス大会がワールドカップ初出場で、前回大会の1994年のアメリカ ワールドカップは、最後ギリギリで負けて出場を逃していました。
カズは、前回のアメリカ大会からチームを引っ張ってきた功労者でした。
今回のフランス大会のワールドカップのアジア最終予選では、調子を落としていたとはいえ、まだまだチームの顔でした。
その落選の衝撃は世界中に広がりました。
カズの落選理由
岡田武史監督は、カズの落選理由について、
FWの軸に城彰二を据えるため。カズは城と似たタイプの選手であることから、カズの出番はないと判断したとのことです。
スイス合宿に招集したFWは5人でした。
中山雅史、呂比須ワグナー、城彰二、岡野雅行、そしてカズ。
他のポジションとのバランスを考えるとFWの枠は4人でした。
後のインタビューで岡田監督は以下のように答えていました。
チームが勝つために徹底的にシミュレーションしていくなかで、一番出てくる回数が少なかったのがカズと北澤でした。
岡田武史が語る98年W杯カズ落選の真相「徹底的にシミュレーションした」|サッカー代表|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva (shueisha.co.jp)
負けているときは、高さのあるロペスや運動量のあるゴン(中山雅史)を出す。
勝っているときは、若くて追い回せる選手がいい。
だから、カズと北澤という選択肢が僕の中には出てこなかった。
城をFWの軸として、運動量のある中山をスタメンで組む、そして展開次第で高さとタメの作れる呂比須、スピードのある岡野を投入というのを想定していたようですね。
世間の反応は?
世間の反応は、様々でした。
“やっぱり力が落ちていたと思う“
”今でも、ワールドカップのメンバー発表が近づくとカズの落選を思い出す”
などなど。
“代表選手のパターンは、監督の数だけ存在する”というように、結局は監督の好みになってくるものかなと思います。
ただ、直前の合宿まで呼んでおいて最後に落選するメンバーを選ぶというやり方は、もう少し配慮ある方法があったような気がします。
当時41歳であった監督の若さが出た気がしますね。
まとめ
この記事では「カズ(三浦知良)ワールドカップ落選理由は?フランスW杯なぜ落ちたか」をご紹介しました。
ワールドカップ カタール大会の代表選考ではどんなサプライズが待っているのでしょうか!?
楽しみにしたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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